T.REX(ティーレックス) / MARC BOLAN(マーク・ボラン)のトリビュートサイト
Marc Bolan(本名Mark Feld)1947年9月30日生 1977年9月16日没。1970年代のグラムロックシーンを代表するアーティスト。 David Bowieらと共にグラムロック・ムーブメントを引き起こした。洗練された音楽・ファッション・詩からは、未だに新たなファンを生み出す神秘的な魅力(永遠のカリスマ)を感じさせる。

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2002年12月09日 | 投稿者 taku : 2002年12月09日 00:00

今後のコンセプト

BBSやメールで幾らかのメッセージを頂きました。
とても感謝してます。
実を言うと、新規サイトの立上げを検討してます。T.REXとは直接関係ありませんが、このサイトの中で考えたり、興味を持った事をそちらでやるつもりです。
余計な心配をお掛けしまして恐縮の至りです。

サイトの存続云々ですが、やはり、判りにくい個所もあるので、それらの補正を先決します。閉鎖はしません。

前回のような考えの発端はある考えからもたらされたものです。
Internetの普及によって、要求する情報の容易な入手が可能な反面、情報の比較検討という作業が必要となり、それは必要以上の余分な作業も含まれるのではないかという疑問が出てきます。
容易に情報を入手出来る反面、その鮮度や精度が気になる。多くの情報はこれらの性質とは無関係に、主張の多い場合があります。WEBの世界だけではなく、メディア全般に言えるでしょう。
世の中に孔子が溢れ返って、俺が孔子お前も孔子、皆孔子。漱石は明治の御世に「猫」の中で大衆が個性を主張する事で没個性となる得るという未来の日本をかく予言しました。凡そ予言の通りだと感じます。私自身もその孔子の一人でしょう。
情報を発信する側は、孔子の部分と異なる部分の均衡が必要です。この均衡の調整が難しく、時に行き詰まる事もあります。気にしなければそれまで。ですが、情報の精度は次第に怪しくなり、根拠が掴めないようになります。
こういう場合、閲覧者の立場は、数多くのWEBサイトのうちの一つとしての認識します。私にもそういう面もあります。しかし、サイトオーナーは、全てとは言えないにしても、恐らく多くはWEBサイトの在り方について考えるでしょう。サイトとは、一つの主張です。主張の表現方法一つで、全く異なるものが生まれてきます。
色々考えましたが、今後、こうした認識を私自身が持ったのを一つの機会として、ここが様々な個性が集まる場となれば良いと思いますので、これからも(ROMの人も)宜しくお願いします(^^)
次回のコラムは来週になると思いますが、日々思ったこと、考え事などこのスペースを利用してみませんか?老若男女問わず募集します。