T.REX(ティーレックス) / MARC BOLAN(マーク・ボラン)のトリビュートサイト
Marc Bolan(本名Mark Feld)1947年9月30日生 1977年9月16日没。1970年代のグラムロックシーンを代表するアーティスト。 David Bowieらと共にグラムロック・ムーブメントを引き起こした。洗練された音楽・ファッション・詩からは、未だに新たなファンを生み出す神秘的な魅力(永遠のカリスマ)を感じさせる。

« 散文散歩 | メイン | 楽しい貧乏 »

2003年02月23日 | 投稿者 taku : 2003年02月23日 00:00

途方もなく無駄な思考

宇宙には一体いくつの恒星があるのだろうか。
地球のような惑星が成立する可能性はどのくらいの率なのだろうか。そして炭素を母体とした生命体が文明社会を営む確立は・・・
隕石の衝突と地球環境の変化について研究している方から興味深い話を聞いた。炭素と珪素は似ているから、ひょっとすると珪素が主体の生命体もあるかも知れんと。

NASAやコロンビア大学で研究をしていた某氏も、地球という存在が非常に稀なものだそうだと言ってレア・アースという本を紹介してくれた。
ますます地球という存在そして自分という存在が不思議になってくる。デカルトはcogito, ergo sumと言って自我に存在を許可した。
ある意味合理的な思考ではあるが自我の存在が他の存在を説明するに足らんと考えられる。そもそも自我の存在は自我の中でしか完結しない。
こうして自己意外の対象に対して意見している事から自我の中では外界の存在を認めている事になるが、疑問がある間はいわんや永遠に解決しない問題となる。
解決しない事に帰着を求めるのもある種合理的な考えかも知れない。
ここまで考えておいて考える事が面倒になる。決着しない事を考えるのは無駄だと判断したのだろう。牡蠣的主人にさえ至らないと嘆くべきだろう。
相対性理論とかそういうのは良くわからないが、時間は曲がるそうだ。光は重力によって曲げられているそうだ。ますます理解の範囲に届かなくなる。
時間が曲がったり光が吸い寄せられたり平然と言及する科学者の脳に神秘を感じてしまう。
何も考えずただ楽しい事ばかりやっている方がよほど幸せだと思うが、それが出来ない。小石につまずくとそのまま電柱に頭を接着し均衡を崩した後往来の人に迷惑を掛ける。
どうでもいい、無駄な思考であると了解していてもつい考えているうちに気が付くと眠くなる。明朝になればまた別の事を考えてまた眠くなるのだろう。気楽なものだ。