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2004年01月01日 | 投稿者 taku : 2004年01月01日 10:15
しまちゃんまるくなる
近所に、レトロなアパートがあります。住人の様子は全く見当がつきませんが、アパートを囲む年季の入ったブロック塀の上にいるのはしまちゃんです。
彼は、時折通りがかり、にゃあと挨拶してくれる礼儀正しい猫。毛並みもキレイに整えているせいか、真新しい絨毯のような風貌は、絵画のようです。
ここ数日、底冷えのする朝が続き、若干の降雪もあったから、しまちゃんの事が心配になり例のアパートに帰りがけに寄ってみると、身体をちっちゃく縮めてはいたけど元気そうでした。ただ、寒い夜に独りぼっちでいる背中がとても寂しそうに見えました。
ネコは孤独を愛する動物だなんて言われるけど、しまちゃんの人になでてもらったり、構ってもらっている様子からは想像も付きません。ノラ猫というのはどこか失礼な感じがします。
そもそも、ノラ猫という言葉キライです。好んで「野良」でいるわけではなく、元来人間の無責任で捨てられたり、理不尽な理由で裏切られたりと、そういった複雑な状態である事が大抵だと思います。それを、人間の都合で「野良」扱いするのは人の傲慢から出た身勝手なレッテルです。
でも、しまちゃんはそんな事はお構いなし。そんな暢気なしまちゃんを見ると、漱石の「私の個人主義」じゃないけど、「人を代表して」恐縮してしまいます。
僕は聖人君子でもなんでもないけど、やはり言葉の通じない相手を迫害するのは、理不尽に思います。ましてや同種族間の争い、いわんや侵略戦争に関しては疑念を払拭する事は到底不可能です。
自分がその夜生き抜くだけで精一杯のしまちゃんやその他のノラ猫達、そして僕ら人間にも今年、2004年には、そしてその先もずっと続く平和であたたかい春が到来して欲しいと思います。