T.REX(ティーレックス) / MARC BOLAN(マーク・ボラン)のトリビュートサイト
Marc Bolan(本名Mark Feld)1947年9月30日生 1977年9月16日没。1970年代のグラムロックシーンを代表するアーティスト。 David Bowieらと共にグラムロック・ムーブメントを引き起こした。洗練された音楽・ファッション・詩からは、未だに新たなファンを生み出す神秘的な魅力(永遠のカリスマ)を感じさせる。

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2004年04月27日 | 投稿者 taku : 2004年04月27日 10:24

エネルギーについて考える

公園のベンチに座って他愛も無い事を考えながらふと足元をみると5ミリにも満たない小さな蟻が自分の身体の1/3近い何かを運んでいた。

その何かは判別できなかったが、軽快に歩き回りながら小石を乗り越え雑草を横切りテキパキと彼らの仕事に励んでいる姿が妙に印象的だった。
彼の行動を眺めていると、やがて巣穴の入り口で荷物を別の蟻に受け渡し即座にまたどこかに移動した。連携プレーだ。

カバンの中に喫茶店から持ち帰ったコーヒーシュガーがあるのを思い出し、それを巣穴の近くにこぼしてみた。小学生以来の「つまらない事」をやる自分自身が滑稽に思えた。
何匹かの蟻がその砂糖粒に気付いたが、それを運ぼうとせずに巣穴に戻っていく。大方報告でもするのだろうと思案すると、まさにその期待通りに大勢の蟻がまさに人海戦術で一気に砂糖を運び入れる。壮観だ。

蟻でさえもチームプレーを行い、非常に効率的な仕事が行なえるのに、私の知る某所ではまったくそれがなっていない。非効率的行動を自らを以って任じている行徳の俎板がSiduriに現を奪われる姿を蟻に見せてやりたい。
声にも成らぬほど小さいかもしれないが、しかし大勢の嘲笑が聞こえてくるようで可笑しい。

しかし、そういう現象を教えてくれた蟻にせよ某所にせよ、私にとっては非常に大きな勉強となった。蟻のようにあれだけ小さな体積であるにも関わらずそのエネルギー量は偉大で、とても人口物によるミニチュアロボットには再現出来ない構造は、まさに神の創造物である事を痛感させられる。
自然という神の持つ柔軟な発想や「よく出来た」地球システムはとてもじゃないが人間が太刀打ちできるものではないという事を嫌ほど知らされた「公園でのひと時」であった。