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2005年07月06日 | 投稿者 taku : 2005年07月06日 00:27
日めくりカレンダーの効用
部屋を大胆に整理して以来、それまで3日ともたないうちに散らかり放題になっていたテーブルが、このところは随分とすっきり片付いたままの状態を継続している。
元来、2つで一つの役割を担うテーブルではあったが、部屋の配置に困難な事から、世上では想像し難い配置になってしまった。ただ、これといって不便に感じないことから、2箇所に分けたテーブルはそれぞれの役割を担う事になった。景観は余り好ましくないが、本人が便利だと言い張るのだから、誰も文句を言わないようだ。
その2つに隔たったテーブルに、よく言えばアンティークの、実際は親戚が本来なら捨てるところを、ゴミに出すのは面倒だからという理由で使っている棚がある。奥行きは20センチに満たない、ちょうどDVDケースがすっぽり入るくらいのもので、高さは1mを少し超えたようなもの。
2つのテーブルはお互いに正面を向いているような状態で、PCの画面が必要なときは大きい方、手書きでなにやら落書きをしたいときは、小さい方との使い分けで、その中間には、先述の棚が置かれた。
向かい合うテーブルの中間にあることから、便宜上、中途半端な役目を果たすようなものが辛うじて整理されている。
棚の上の面積は、半分が文具類と、日めくりカレンダー。残りは猫の踏み台となっていて、大抵決まったような時間に決まったような顔をした猫が、踏み台から窓枠に歩を進め視覚的な外界交流を行なう。時折、外を泰然と闊歩するほかの猫と目で会話しているようだ。
夕方、私の知らないところで外猫が集まり、猫会議をしていたという目撃情報もあるが、実際にその現場を見たことがないのが残念でならない。
日常、余りカレンダーとは縁のあるのかないのか判然としない生活を送る私にとって、お土産でもらった日めくりカレンダーの存在は意外と小気味よい生活のリズムを与えてくれる。
日が経つに連れて、カレンダーの重さが軽くなってくるのが面白い。年月が経過していく様を、重さで判別出来る。使い始めた当初は、少々の風でも倒れなかったのが、最近は倒れそうになる。10月くらいになれば、必ず倒れるだろう。日常の生活までが倒れないように、このカレンダーが身代わりになってくれていると、都合の良いように考えたい。
それはともかくとして、日めくりカレンダーのおかげで、どうにか過ぎ去っていく日々と、これからやってくるであろう日々を天秤にかけるような感覚を、物理的な感触として認知出来るという事が、非常にありがたい。
めくった日々が無駄にならぬようせいぜい妥協のないような生活を送りたいと願うのは、まだまだ妥協の多い日々が見受けられているからだろうか・・・。
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