T.REX(ティーレックス) / MARC BOLAN(マーク・ボラン)のトリビュートサイト
Marc Bolan(本名Mark Feld)1947年9月30日生 1977年9月16日没。1970年代のグラムロックシーンを代表するアーティスト。 David Bowieらと共にグラムロック・ムーブメントを引き起こした。洗練された音楽・ファッション・詩からは、未だに新たなファンを生み出す神秘的な魅力(永遠のカリスマ)を感じさせる。

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2005年12月28日 | 投稿者 taku : 2005年12月28日 00:57

情報共有と地域コミュニティー

情報を取り出す事の簡便さが強調されているInternetで展開するWEBサイト。
黎明期には、今よりも内容の濃いそしてリピーター率の高いサイトが多かったと思うのだが、そうした有効なサイトが相対的に減っているように思う。

検索エンジンで目的のページにたどり着ける確立も無限に増殖するWEBLOGばかりにたどり着いてしまい、結局探索をあきらめてしまうなんて経験はないだろうか?

サイト運営をしていて、特にここ何年か考え続けている事は、情報というものは共有するものであって、提供するものではない、という事。
共有者が増えれば増えるほど、様々な事が見えてくる。その中で重要と思われるものは恒常的な主題となり得るのではないか。


情報が無料であると考えている人が多いのも、(個人サイト運営における)弊害の一つでもある。
情報を得るため・提供するための労力の対価は支払われるべきであると思う。
そこが経済活動の場でない限り、そこで得た情報に対してなんらかのフィードバックを得て然るべきである。

情報の共有というのは、その分野においての精度を全体的に引き上げる効果を持つ。

近年、身近な場所での犯罪が増えている。
"Crime Opportunity"というのは、「機会があったので、犯罪行動を起こしてしまった」などというような事を表す犯罪心理学理論で使われる用語の一つだ。
割れ窓理論もこれに含まれるし、ビットリオ・デシーカが演出したあの映画でも、この行動心理を描写している。(映画:自転車泥棒)
こうした理論は、行動心理学で著名なクラーク博士(南カリフォルニア大・イリノイ大の教授)が、1988年に発表した犯罪行動理論に関する著述とその後の研究が広く浸透し、日本においても体系的な理論を取り入れてきたという経緯がある。
多くの犯罪行動の場合、何らかのきっかけによるというのが彼の理論である。犯罪のおいての動機が、裁判においても重要視されるのも納得がいく。
しかし、このような理論がある限り、犯罪を未然に防ぐ事も必要であるし、そうした機会を与えない事も自覚すべきである。

この理論を読む限りでは、犯罪の多くは、地域社会の監視の目の届かないところで起こっている。
レーダーでは捕捉出来ない影で行われる犯罪だ。
地域社会全体で、日常的にレーダーを張り巡らせていれば、その地域全体で起こる犯罪の発生率は低下する。
つまり、そこには平穏な社会が形成されるということである。換言すれば、広く共有された情報によって安定がもたらされる。情報の共有は必要なのだ。
ここでいう情報というのは、単なるコンテンツとしての情報のみでなく、認識・知覚といった感覚行動そのものも含まれる。他に強制されない共通の認識が必要であるということ。
私はこの分野の専門ではないので、もしこうした内容に興味を持たれた方がいれば、http://www.crimereduction.gov.uk/learningzone/rat.htm でいくつかの情報が得られると思うので、あとは自分で勉強してもらいたい。

話を戻す。
共有された情報は、各個人によって整理・分類されより単純で明快なものへとなっていく。
より多くの情報が共有されれば、その情報に優先順位が定義付けられ、情報の精度が高くなる。
各々がフィルターの役割となり、良質なフィルターはより多くの情報を通す。

WEB等における情報コミュニティーにおいても同様の事が言える。
同じような内容が何度も重なるようになってくるようであれば、一度それらを体系的にまとめる必要が出てくる。
私のサイトに関しては、例えばGUESTBOOKに書き込まれた様々な内容のうち、同じような内容に関してはサマライズすべきであろう。
本人が気づかないうちに、比較的短期間に同じ内容のことを記述してしまうというような事を未然に防ぐように導く事も必要であるとは認識している。
ただ、実際に行動に移さないのは、余りにも量が多すぎて、やる前から諦めてしまっているという自分の堕落した性格によるものである。
現行のシステムの不備も理由の一つかもしれない。
実は、Wikiのようなシステムを導入しようと思っている。
訪問者が自由に情報を記述・編集・削除が可能なシステムだ。
ただ、そこまでやる必要があるか、訪問者はそれを欲しているか、果たして活用されるのだろうかといった事が懸念材料となり、テスト自体は行っても公開には至っていない。

以前開催したオフ会がきっかけとなって、そのときの参加者の一人が先導役となり新たにオフ会が開かれた。
こうした行動も、機会があったから実行に移行しただけのことであり、このサイトはそれほど重要な鍵ではない。
しかし、もし仮に、サイト自体が、そうした軽く小さなきっかけにでもなったのであれば、少しは役に立ったのだろうと思う。
既にサイトからは独立したコミュニティーとなったという点では、そうしたコミュニティーは重要な成功パターンの一つではないだろうか。
ファンクラブのように閉鎖した環境にならない事だけを祈る。そして、とにかく情報を公開していくことで、次の世代に受け継がれるようなオープン・コミュニティーに発展していけば、それこそ、100年前のレコードが箪笥の中で見つけても差ほど驚かずに自然と受け入れられるような安定した文化になっていれば、あの人も天国で微笑みかけてくれるだろう。