T.REX(ティーレックス) / MARC BOLAN(マーク・ボラン)のトリビュートサイト
Marc Bolan(本名Mark Feld)1947年9月30日生 1977年9月16日没。1970年代のグラムロックシーンを代表するアーティスト。 David Bowieらと共にグラムロック・ムーブメントを引き起こした。洗練された音楽・ファッション・詩からは、未だに新たなファンを生み出す神秘的な魅力(永遠のカリスマ)を感じさせる。

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2006年07月20日 | 投稿者 taku : 2006年07月20日 00:41

寺山修司という世界 ~劇団 羊のしっぽ~

terayama_sekai.jpg 中学生の頃に教科書に寺山修司が題材として取り上げられていて、それ以来なんとなく彼のホンを読んだり、ぼんやりと映画を観たりして、そして、どこかに引っかかってはいた。

その頃は、ちょうど漱石や龍之介、太宰などの作品をゆっくりとしたペースではあるものの読み続けていた頃だったので、それらより新しい作品全般は、結局高校に入ってからに後回しとなった。

数年前、吉祥寺PBCで寺山修司特集のような企画展をやっていた。存命中の母を勝手に亡き者として扱ったり、阿佐ヶ谷を舞台にゲリラ的な演劇をやっていた普通の人という印象が強かった彼が、

どこかインテリゲンツァのようでいて、また、ある種のアイドル的な存在として扱われているようだった。

先日、ある知り合いの女優さんが出演するということで、その方にお願いしてチケットを確保したもらったのが表題にある「寺山修司という世界」という舞台。

つまりは、寺山修司とはこんな世界観を持っているのではないか?という提案のようなもの、だという感想を率直に抱いた。

リアルタイムで彼の作品を間近にした事がなかったので、彼に関しての情報の全ては伝聞によるものだった。

だから、何が本当で、何が捏造なのかは全くわからないのだけど、この舞台に関しては頭の中で描いていた想像が、あたかもドラえもんの声が大山のぶよでなければならない、という理屈にも似たものを得る事が出来た。

似たような経験で言えば、グラナダTVで制作されたシャーロック・ホームズシリーズの中の一つ、「空家の冒険」がまさにそれだった。

医者ワトスンの前に現れた「小脇に年代モノの書物を抱える」老人が、キャビネットのガラスに反射するその象影の中で、やがてそれがホームズである事をカメラが捕らた時の演出の細かさ、そして、その日の日没後に出かけた、あのベーカー街221にある部屋向かいの「空家」にてモーラン大佐を待ち構える時の息を呑むような瞬間、それらが、テクストから得た頭の中の想像を見事に一致した時の喜び、それが、今回の舞台にあったように思える。

寺山修司という人は、私がここで述べるまでもなく、アーネスト・デ・ラ・セルナを演劇という世界に引き込んだような人物。

恐らくマザコンで、そして恐らくどこまでも人を裏切るのが好きなサプライヤー。そんな人なのではないだろうか。

その世界を、前述のようにあえて提案という形でハワイアン・キルトのように繋ぎ合わせ一つの演出えと導かれた今作には心から圧倒されてしまった。

舞台と客席までもがキルトのようにバラバラとなり、またそれが絶妙なバランスを用いたピカソの絵画のように張り合わされている。

舞台装置から、音響、照明に至るまで妥協を極限まで許さないという姿勢は、チケット代の1,000円という革命的な価格には到底見合うものではない。

劇団四季のように汎用的なエンターテイメント性を重視した作品とは、キャパシティー及び興行規模では異質ではある。しかし、万人に対して与える影響なり印象というものは、心象的なエンターテイメントという観点においては、同じ土俵に居る事は明白だ。

客席に見た宮藤官九郎も、ビックリしたのではなかろうか。

神楽坂というロケーションも意外。

新宿2丁目や、高円寺、中野などのアングラ演劇のメッカのそれとは意図的に物理的且つ精神的な距離を置きたかったのであろうか、あらゆるディティールにおいて、演出・制作の舞台裏の膨大な努力が、ターシャ・チューダーが守るあのガーデンのように美しき花々を咲かせた最高の舞台だった。

今週末に千秋楽を迎える。その前に、時間が許せばもう1回観たい。

■劇団羊のしっぽ http://www.hitsujinosippo.com/

COMMENT | コメント

投稿者 羊のしっぽ : 2006年10月09日 09:15

はじめまして。何度も何度もこの劇評に励まされ、さらに触発されていました。終演後、さまざまな劇評のある中、わたしの中でどれよりも腑に落ちたものでした。
寺山修司の残した世界をわたしなりに咀嚼し、いずれは私自身の世界とシンクロするであろうと想っています。
何かを押しつけるのではなく、難しい解釈をするのではなく、寺山修司の残した言葉たちを演劇という表現で続けていきます。
ありがとうございました。
感じてくださった方がこうしていることが、私の何よりの喜びです。
蛇足ですが、小学生の私が寺山修司の短歌とともに影響を強く受けたのが、T−REXであること、偶然でしょうか?(笑