T.REX(ティーレックス) / MARC BOLAN(マーク・ボラン)のトリビュートサイト
Marc Bolan(本名Mark Feld)1947年9月30日生 1977年9月16日没。1970年代のグラムロックシーンを代表するアーティスト。 David Bowieらと共にグラムロック・ムーブメントを引き起こした。洗練された音楽・ファッション・詩からは、未だに新たなファンを生み出す神秘的な魅力(永遠のカリスマ)を感じさせる。

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2006年08月30日 | 投稿者 taku : 2006年08月30日 22:51

ヒグラシ

先日、一通り仕事を片付け、さあ自転車でどこかにふらっと出た先の住宅街で黒猫に出会う。
うちの子と比べるとひとまわり程小柄だが、黒猫然とした風格はまさにPomp and Circumstance。
眼前を泰然と横切り、幸運をもたらせてくれそうな予感を残してくれる。

雑木林の奥から聞こえる、独奏のバイオリン。
それは、透き通るようなヒグラシの声だった。
龍之介の「トロッコ」で、少年が坂道を半べそをかきながら下る時の光景を彷彿とさせると同時に、そろそろ帰ろうと岐路に着く。

自宅の数十メートル手前で、自転車の後輪から異音がする。リコーダーに溜まった水を勢い良く噴出す時のような音だ。

「もうそろそろだよ」と、前輪のタイヤとチューブを換えた際に自転車屋のおっちゃんが言っていた事を思い出す。
確かに後輪はそれが磨耗しているのか、元来そういう「文様」なのか、という判別も付かないくらい減っていたし、4,5年近くメンテナンスしなかった「せい」もあってある程度は諦めもついていた。
だから、運に任せようと事前に交換せずに、「次のパンクまでは我慢する」事にして大切に乗り続けていた。

運がとても良かったと思う。もし、これがいつもの如く歩けば半日以上掛かるような出先だったらどうなっていただろう。想像すらしたくない。

翌日、何軒かの自転車屋に「28インチのタイヤはあるか」と電話で聴いてみた。
散々「ない」と断られたので、この際だから多少乗り心地が悪くても新しい自転車を買うという決心した。
その日、用事のついでに近所の大型スーパーで自転車の品定めをした。新聞の折込チラシでその店では28インチの自転車が取り扱われていない事を知っていたので、恐らくタイヤもないだろうと決め込んでいたが、
念のため自転車のパーツ売り場に行くと、タイヤもチューブも揃っていた。
一晩考えることにし、用事を済ます。
久しぶりに近所をゆっくり歩いた。普段は見ない所も目に入る。猫はいませんか?と心の中で呟くと、とあるお宅の門から黒猫が姿を現した。
お互い目が合う。ちょっと恥ずかしい気がした。

朝6時半、いつものようにうちの「黒猫」が朝食が欲しいとせがんでくる。8時まではやらない事になっているので、とりあえず我慢してもらう。
一晩考えるといっても、別のことで頭がパンクしそうになっていたから、自転車の事は白紙状態のままだ。
15年も乗り続け、まるで自分の足のように自由に何処にでもいけるあの自転車を永遠に手放す事に違和感を得始める。

大型スーパーの自転車修理コーナーに自転車を持ち込むと、若い店員が「もうだめですね、新しいの買う方がいいですよ」とあっさり言ってくれた。
怒りよりも悲しさの方が先に込み上げて来た。
大量消費時代がこういう若者を作り上げてしまった。マガジンハウス世代がそうであったように、その子供達も同じような安易な道へ進むのだろうか。

「リムが曲がっている」と言う。慾く見ると、タイヤが嵌るフレーム部分のヘリが少し捲れていた。
ペンチでどうにか出来ないだろうかと提案するも、ステンレスだから無理なのだそうだ。人間は無力だ。

しかし、ここで新しい自転車、しかも量販店で売られている安物の自転車にしたところで、満足は得られるのだろうか。
見渡せば、一つも魅力的な自転車が見付からない。

結局、ダメでも構わないからという事で交換してもらう事に。半日の入院、無事戻ってきておくれと願いその場を後にした。

退院した自転車のペダルは重くなっていた。
気を利かせてくれたのか、その逆か。チェーンのピッチが固くなっている。
私しか知らない、私向けの調整方法でないとこの自転車のペダルは軽く踏み出せない。
早速、家の前で調整を済ませ、ついでに汚れも拭いてやると、交換したてのタイヤが鮮やかに光っているように見えてきた。凛としている。

タイヤを慣らすために、井之頭線の富士見が丘車両基地裏の神田川の沿いをサイクリング。車で言うところの試走というやつだ。

ここは、鞍馬の山奥のように鬱蒼とした雑木林で、春はソメイヨシノがとても綺麗に咲く知る人ぞ知るサクラの名所エリア。
数年前から、ホタルが放流されるようになった。この施策は地域の商店街やNPOが主体となっており、「久我山のホタル祭り」と言う様な冠で、初夏の風物詩となりつつある。
ただ、一つだけ残念な事がある。折角放流されたホタルも、水質が余り良くないのと、植生がそもそもホタルが繁殖するのに適さない事から短い命でしかないのだけれど、それでも、ふわっと川面に浮かぶ優しい光は幻想的。疲弊した心を一度に解き放つ力を持っている。

先日とある交響楽団の指揮者のパーティーに呼ばれた際、その指揮者の方から似たような話を伺った。
その方曰く、徹夜明けの早朝、ふと庭に出ると、長い間地中に潜っていた蝉が今まさに脱皮しようとしているのを見つけ、それを見守っていたのだそうだ。
ようやく羽が伸び、さあこれから大空に向けて飛び立とうとする時に、外飼いしている猫が「パクッ」とやってしまったそうだ。
まあ、なんてことを!と顔を多い、「エサなら幾らでもあげるのに」とその猫に諭してみたが、自然界の無常にはどうしようもない事を彼自身が悟ったようだった。

短命なホタルが生きる限り光を放射するあの川沿いも、今はヒグラシの声で心をほぐしてくれる。
私は、ふと立ち止まって耳を澄ますと、ヒグラシが何かを語っているみたいだ。私はしばらくそこから離れる事が出来なかった。

COMMENT | コメント

投稿者 ミラーカ : 2006年09月08日 21:10

自転車の話しに引き込まれて読んでいたら…
えええ!黒柳さんの弟さんというと紀明さん!!
先日、お母様、朝さんの本を読んだばかりです。
紀明さんの演奏会も近々あると聞いていたので驚いています。
うわぁ、私も彼の父親から教わったバイオリン、聴いてみたい。

投稿者 taku : 2006年09月08日 21:42

良くご存知ですね!
とても穏やかで素敵な方です。

彼の出演するコンサートの情報については、
http://www.usuki-world.com/
↑でチェックできますよ(^^)